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十四代目お礼文A(牛鬼)






さあ、あの赤い服を着た人に紛れて届けに行こう。



捩目山の牛鬼は悩んでいた。確かに彼はたいてい悩んではいたが―――奴良組の未来の行く末、自分の跡取りとその補佐の素行、今日の読む書物についてなど―――普段の生業とする事柄ではなく、私情によるものだった。
頭に思い描くのは、昼と夜とで別の顔を持つ、まだ成人すらしていない若い頭だった。昼は人間として絆を交流の中で築き上げ、夜は夜でだんだんと凛々しくも頼もしくもなりつつある、期待の星である。
そんな彼に牛鬼は悩まされていた。別にその少年に何を言われた訳でもないのに、考えに考えを重ねている。

「…うむ」

ちなみに彼がいるのはショーウィンドーの前だった。キラキラ光るイルミネーションが印象的な空間に佇む彼は、言っては何だが異様だった。いや、浮いていたという方があっている。
この牛鬼、普段は山に住んでいる為、余り世間を知っている訳ではない。寧ろ、疎かった。
だから浮世絵町なら、普段から総大将を始め、全員が自由な服装で動き回っているので、街の人々はあまり気にしない。見慣れているからだ。
だが、今は違う。
ここは浮世絵町から離れた、賑わしい都会。ネオンが眩しすぎるほど、輝いていて家族連れも多い。その中に長い長い漆黒の髪を靡かせ、着物を着流して佇む牛鬼は実に場違いだった。周りは洋服、だが彼だけは着物。しかも幻想的で綺麗に飾り付けがされたショーウインドーの前で顎に手をあてて悩んでいる姿は、路上を行き交う人々の目を奪っていた。足を止めさせるほどに、悩む牛鬼は妙な色気を出しているのだ。
しかし、当の本人は全く気にすることはなく、

「……うむ」

と、熟考し続けた。我関せず、というところなのだろう。
ちなみに彼は人々の足を止めさせる為に、此処にわざわざ立っているのではない。もしそうならば、妖怪たる仕事をしなければいけないときだ。だが今は並んでいる商品を眺め、頭に思い浮かべるのはあのうら若き頭首。そうくると、贈り物を選んでいるとしか考えられないだろう。
日頃の感謝や、まだまだ自分の齢より小さな存在を可愛がりたい想いがあるからこそ、この機会に形にして伝えようと思った算段だ。
だが、疚しい気持ちが無い訳ではなかった。昼の思慮深い彼がふんわりとはにかんで笑う姿、夜の大胆不敵な彼が見せる憂いた表情、全てが牛鬼の心を掻き乱す。血を熱くさせるその少年は、彼を盲目にだんだんとさせている。

「…これにするか」

かれこれ何十分も立ちっぱなしだった彼が、やっと動いた。それに合わせたように、人が何事も無かったように歩き出し、時が動き出す。まるで呪縛から解き放たれたようである。
そんなことにはお構いなく、牛鬼は厳かにその店に訪れた。今度は店に居た全員が固まってしまう。しかしその状態をも無視し、店員の一人に歩み寄った。近づかれた店員は鍛えられた笑みを浮かべるものの、どこか強張っている。

「どうされましたか?」

打ちのめされないように、さらに微笑んでみるがぎこちない。牛鬼はちらりとその店員を見遣ると、指を先程見ていたショーウインドーへと指した。

「あそこに飾ってある“くまちゃんの縫いぐるみ”とやらを頂きたいのだが」

一瞬、低音の響きと合わない単語が聞こえて来て、皆思考が停止された。渋い声で“くまちゃん”は大打撃である。震度は幾つだ。
一番間近で聞かされた店員が、かしこまりました、と告げるそのときまで、店内が化石となったままだった。

「済まない」

会計を済ませ、悠々と出て行く牛鬼の姿はとても惚れ惚れしてしまう程のものだった。だが、手前に抱えている大きなシルエットとはあまりにも不釣り合いで、またもや人々の視線がくぎづけになったのは言うまでもない。

それでも牛鬼は全てを気にもとめなかったのだが。




****
牛鬼さんは何かを間違えているようです(お前がな)
ただ単に大きなくまちゃんを牛鬼さんに抱えさせたかっただけです←
ちなみにちゃんと牛頭馬頭にも縫いぐるみを買っていきました。







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